朝晩、涼しくなってきました。
家族の怪我も落ち着き、家で療養です。
昨日はパートでした。
子供も随分大きくなり、土日私が居なくてもそれぞれ好きなことをして
過ごしています。
さて、入院中。
自分の病気をスマホで調べたり、同じような病気で入院されている方のブログを見ていた。
(もしこのブログに辿り付い方、参考になればと思います。)
音楽もいれたりで、途中何回か通信ギガが足りなくなり買い足しもした。
旦那が残しておきなと言っていた闘病記録。大量にある。
懐かしすぎる・・・・・・
約1ヶ月ちょい。入院していたが。
最初の1週間はそれほど記入することはなく、用紙も違った。
読み返してみると懐かしい。
何個か前の記事で体重が57kgと書いていたが、すみません。
54kgくらいでした・・・・・
大学病院転院時
血圧は動けないので、測る場所まで行けない。
看護師さんが測ってくれていたが、いつも高かったようだ。
それでも、点滴で調整していたのだけど。
朝は7時に検温。
体重は部屋にある洗面台のところにある。
そんなに動かなくても近くにあるし、朝の身支度ついでに量っていた。
食事も1週間分のこの記録を見ると、メニューにもよるがなんとか食べれていたようだ。
入院中の初期設定が白米メニューだったのだが、普段の生活でパンだったので
最初はご飯でもと思って食べていたが食欲がわかない。
途中でパン食に変更してもらった。
なので、朝の食事量の記入が10(笑)になっている。
昼から夜にかけては、動いていないのであまりお腹が空かなかったのか体調もあるのか。
まあまあな量しか食べれていない。
やはり、体内の水分調整ができていないのと生理が近かったのか下していた。
ちゃんとしたお通じなんて無理な身体なのだから、それでも出ていたので良しとしよう。
お腹が痛いのは辛かったが。
入院当初からストイックになっていた。
ダイエットとか続かなかったが、『最短で退院』という大きな目標があった。
きちんとしなければならない事はきちんとする、看護師さんが来るであろう時間には絶対ベッドに居る。
頑張って退院までこぎつかねば・・・・・。
そして地味に辛いのは前回でも書いていたと思うのだが尿量の計測だ。
起きている間はいいのだが、夜中だ。
眠い。中身のあるコップをひっくり返すわけにはいかない。
量を覚えておかないといけない。
ベッドに戻って、小さな懐中電灯をつけて記録をつける。
これは退院する少し前まで続く。
検査の方だが、前日に案内の用紙を渡してくれる。
転院当日に、翌日分の用紙をもらった。
朝は採血。これはほぼ毎日だったか。
6月6日。いつ呼ばれるかわからないが、心電図があった。
心電図は会社でも健康診断でもしたことがあった。
この日は自力で心電図の所まで行った。
が、かなり足がヤバかった。ビリビリしてた。
よく行けたものだ・・・・今思い返せば。
ネフローゼ症候群とは言われてはいたが、詳しく調べてから治療方針を決めるらしい。
どの薬が合うか、腎臓の具合はどうか。
案内用紙が次の分が10日なのでそれまでは特別な検査はないようだ。
尿量、血圧、体重、採血はずっとあったと思う。
土日は特別な検査はない。割りと暇だ。
というか、ゆっくりできる。
土曜日は、膠原病の専門医の先生が来てくれる。
私より若い男性の医師。
一応色々聞かれた。
膠原病だと、顔に蝶のような形で頬が赤くなる症状が出るようだ。
爪もしっかりみてくださった。
膠原病の症状の一つに爪の根元に黒い線が出ることもあるらしい。
熱も出る、だるくなるなど。
だるいのはだるい(ただ私は体力が元々ない(笑))
が、上記の症状は見られなかった。
ただ、レイノー(指先が白くなり、紫、赤に戻る)が出るとは伝えた。
一応、他の症状が出てくる場合があるので気をつけましょうということだった。
本当に何かわかんない病気。幅広い。
原因もわからない。どう注意してもなるもんはなる病気のようだ。
もう、「まな板の上の鯉」(笑)
どうでも看てください。どうぞ。なんでもします。
10日月曜日の案内用紙をもらった。
月曜朝6時以降から火曜日朝6時まで。
「蓄尿」を始めてくださいのことだった。
プラ製のタンクに尿を溜める作業が始まる。
早朝も夜中も気をつけなければ・・・・・
いや、毎回か。
こぼさなないようにしないと・・・・・
いつもお読みいただきありがとうございます👋😄